おばさんの習性

  「おばさんはスーパーで、買った品物をビニール袋に入れる時、必ず指に唾をつける」視聴者から様々な現象を募集し、それが普遍的な法則としてみとめられるかどうかを競う番組で認可されたのが上の事象である。実は私はその週は見ていなかったが、週に一度あるその番組は何度か見ていたので内容は想像できる。たまたま見ていた妹が教えてくれた。あるスーパーのレジ付近に隠しカメラを設置したところ、殆どのおばさんがビニールの袋を開ける折に、ぺろりと指を舐めたそうな。それは親指だったり人差し指だったりしたのだろうが、ともかく、おばさんは指に唾をつけるのだ。これを聞いた時、私は愕然となった。若い頃、指舐めおばさんたちを目撃するたびに、私は決してあれだけはやらないぞと思っていた私が、いつの頃からかぺろりとやっているのだ。自分の行為に気づいたのがここ数年のことである。いやだいやだと思いつつ、どうしても素直に開いてくれないビニール袋に業を煮やし、誰も見てない、いいや、ええいとあの恥ずべき行為を実行しているのだ。ところが、この行為にはちゃんとした理由があるらしい。人間は年をとるにつれ、皮膚が乾燥し、いくら頑張ってもビニールの表面にひっかかってくれない。要するに干からびていっているのだ。ビニールと同じくらいに無味乾燥な物体と化したのかと考えるとせつなくなる。妹の話を聞いた翌日、私は夫と駅前のスーパーに買い物にいった。道中、車の中で、夫にこの話をしたら、彼もなるほどと感心していた。そして、山盛りの買い物篭と何枚かのビニール袋と共に、私は実験台の前に立たされていた。「ぎゃー!」私の悲鳴に夫が飛び上がった。「どうした、また虫か。」私が突然理由もなく叫ぶ時は、先ず最初に虫を疑うことにしているらしい。私には数々の前科がある。昔、仙台の町を歩いている時だったが、私はけたたましい悲鳴と共に夫に抱き着いた。通りの真ん中、公衆の面前で慣れない行為に及んだ私にその時点では夫は照れながら喜んでいたが、「虫、虫、虫よ。着物の襟に入ったの。木から落ちてきた。早く取って。早く、早く。」半泣きになった私の襟を覗いて真剣に怒り出した。「ヘアピンじゃないか。なんで冬に木から虫だ。」何度かそんなことがあって、私の虫嫌いは知っている。でもその日は虫より、もっと怖いものに遭遇したのだ。これが叫ばずにおられようか。あれほどおばさんとビニール袋について語り合いながら来たというのに、その場に臨んで私はぺろりとやってしまったのだ。私は十二分におばさんだという審判を下されてしまったのだ。「私やってしまった。もう駄目だわ。隠しカメラがないか、探して。」私の声の真剣さに打たれてか、夫も目でカメラを探してくれた。数日後、やはりスーパーで私はうまいことを思い付いた。ビニール袋を開ける前に買い物の中の野菜、例えば白菜の先でもいいのだが、ちらっと触る。そうすると指が湿り舐める必要がなくなる。大発見をしたように嬉しくなって、これからはもう大丈夫、おばさんとはさよならだと心が明るくなった。翌日も元気一杯、スキップしながらスーパーに入った。前日発見した通り、野菜で指を湿そうとしたら、なんとその日の野菜は全てラップで密封してある。どこかに破れ目がないかと必死になったが見つからない。かくして私はまたもやビニール袋と格闘する破目に陥った。そうまでして自然の摂理に逆らうのは馬鹿だろうか。私は単におばさんであるだけでなく「馬鹿なおばさん」なのだろうか。自問自答しながら駐車場へ向かう私の足取りはこの上なく重かった。