電話の暴力

 電話は便利な道具に違いない。電話なしでは現代生活は成り立たない。が、同時に暴力にもなり得る。

 今朝も早くから間違い電話。我が家は普通の家庭と生活のサイクルが違う。朝食は正午近い。夜なら、どんなに遅くとも「非常識ねえ、こんな時間に」なんてことは言わないが、早朝(午前9時までくらいを指す)の電話には過剰反応。電話口で怒鳴るようなことはないが、声が不機嫌になるのは許してほしい。切った後の夫婦の会話は「なんてヒジョーシキな人なの!」から始まって「人非人め!」までいきつく。睡眠を妨げられた人間は、お腹が空いた人間と同じくらい腹立たしさに襲われるものである。

 今朝の間違い電話は、年取った女性の声。「○○さんですか」と全然違う名前を。「違います」と切った。20分くらい経ってからまた同じ声で「○○さんですか」。これは、うちの番号を間違えてメモしてるのかもと心配になり、「何番におかけですか」と訊いてみると、似てはいるが違う番号である。2度も同じ間違った番号を押すというのも不思議だが、その人の指の癖なのかもしれない。

ここは、広い心で老人を許そうと我慢。

 直後、こんどは「○○商亊ですが、あゆみの箱の…・・」と上品に装った中年女性の声。すぐに、あっ、この間主人が電話口に出てしまった、わけのわからん相手だとわかる。

「泰介さん、いらっしゃいますか」「いえ、留守です。ご用件をどうぞ」いつもの私の科白。我が家では、原則として主人は電話に出ない。電話のベルが鳴り続けても、誰か家族が家にいる場合は出ない。電話を受けるのが苦手なのだ。誰もいない時、あるいは家族の手が全部ふさがっている時は仕方なく出る。その仕方なくのときにかけてきた○○商亊は、その後パンフレットを送ってきた。主人は、あゆみの箱の名前からチャリティの依頼かと思い、一応パンフを送るようにと言ったらしいが、送られてきたパンフを見ると、国宝のビデオ数十巻を数十万で売るためのもので、なぜかそこに紛らわしく「あゆみの箱協賛」と書いてある。売り上げの一部をあゆみの箱にでも寄付するという趣旨なのか、熟読しなかったので忘れた。

 いずれにしても欲しくないビデオだったので「我が家では要りません」と答えたら、その女性いわく「あっ、そんな問題ではないのです。趣旨をご理解いただきたかっただけで」。

 価格を大きく書いた宣伝パンフを送りつけておいて「そんな問題ではないのです」なんて、よくもまあ。

 この手の電話がかかってこない日のほうがめずらしい。その種類は様々。

「お忙しい時に申し訳ございませんが」でかかってくる電話はすべて、勧誘電話と思っていい。痩せるための食品の売りこみ電話には「あ〜ら、私、太りたくて仕方ございませんのよ」。化粧品の場合は「あら、主人が化粧品会社に勤めてますの」。

 金融商品の電話も多い。美術雑誌の類からの電話もあとを断たない。

 何十人何百人もの絵描きから、一人数十万の掲載費を集めて成り立つ本は山ほどある。それらの本は、作った時点でその目的を達したわけであるから、売れる必要はない。よって一般の書店に並ぶわけではない。寄贈先として、世界中の有名な美術館、画廊、図書館などの名前が列挙している場合があるが、ほんとに発送しているかどうか疑わしい。仮に発送したとしても、受け取ったほうが、それをどう処理するかはまた別問題だ。

 この手の雑誌ないし画集の勧誘電話は、ホントに煩わしい。夫が留守だと言うと、いつお帰りですかと食い下がる。「一ヶ月くらい帰りませんわ」と、先日言った後で「一年にしときゃよかった。いや、死にましたと言ったほうがよかったかなぁ」とつぶやいてしまった。

 我が家の電話の下にはブラックリストというのが貼ってある。もちろん、私が作成したリストである。妹が3年前に同居し始めた時に作ったのだが、妹ももう覚えてしまったので、今は撤去している。このリストの相手からの電話は、私にも取り次ぐ必要なしということになっている。近頃は、このリスト以外からの電話でも、妹の裁量で取り次がない電話はいっぱいある。この手の電話は、少し経験を積めばすぐにわかる。声のトーン、言い回しなど共通したところがある。敵がどんなにカモフラージュしようと、その言わんとするところは、受話器からびんびんと伝わってくる。

 毎日のようにかかってくる不審な勧誘電話だが、怒鳴ったりなじったりしてはいけないと妹が言う。この手の人たちの中には、逆恨みしていやがらせをする者たちがあるそうだ。あー、怖い。どうすればいいんだろう。

 ついでに、今は歳暮のシーズン。送ったり送られたり、1年に2度の忍耐を必要とする行事。私は、いただき物のお礼はメール、ファックス、ハガキのどれかを使うことにしている。電話はかけない。お礼を言うのに、相手を電話口へ呼び出すのは憚れる。相手がどんな状態かわからない。もしかしたら、仕事中かもしれない。トイレの中または睡眠中、または人と口をききたくない日かもしれない。

 相手の答をすぐに必要とする際は勿論電話をかける。どうしても相手の声を聞きたいときもかける。それ以外は、メールかファックスを選ぶ。メール嫌いの人もあるかもしれないが、私はこの伝達の手段が一番好きだ。世の中と違うサイクルで暮していても、相手に迷惑かけることなく用件を伝えたり受け取ったりできる。

 ああ、また電話のベルが! では、このへんで。    2002.12.5